再生の家

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ニュージーランドからのはがき  

再生の家 1

ここは、街と街が遠く離れた場所だ。だから、自分の住んでいるところから、どこかへ行くには、深い森の中にずっと続いている国道を、走り抜けて行く。そこには、無数の木々が林立している。当たり前のことだ、なぜなら、そこは、森なのだから。

 私は、或る時、もっと大都会にいて、そんな森のことなどに、想いを巡らせる、余地など皆無な、喧騒のただ中にいた時、近くに、小さな公園があった。今、覚えているのは、その公園の真ん中に、樹齢が百年には満たない枝葉が、こんもりと拡がっている、そこでは大きく感じられる、一本の楡の木が立っていた。

その公園は、いつも帰宅する通り道に、あり、その木を見るともなく、季節が移る毎、天候が変わる毎、眺めていた事になる。そして、或る日、私の人生にどうしようもない事がおきて、どうしてそこまで歩いてきたかも、わからぬ体で、動けなくなり、その大木の袂に置かれているベンチに倒れ込んだ。

そしてなんとか、体勢を変えて仰向けになると、初夏のまだ黄緑がかった木の葉をまとって、フェーン現象の風に踊るように枝葉をゆらして、始めてその静謐な存在が、「俺は、生きてここにいるぞ。」と、私にこれみよがしにアピールする、場違いなナンパ男のように、意味もない、だけど、絶妙な道化を、演じてみせていた。

その日から、その名もなき公園の一本の木は、私がなんとか、その窮地の中で、誰もがどこかでそうしているように、何もなきように振舞うことを、強いられる都会の掟を、やり過ごすための、かけがえのない相棒になった。

 元は工場地帯だった都市郊外の、古いモルタル造りのアパートや一軒家が、立ち並ぶ、やさぐれた風景の中で、仲間もいない、どこかに居を移す術も知らず、冬の寒さや、豪雨や、大風そして、うだるような、夏の暑さの中、彼は徐々に幹を太らせ、枝を拡げていつしか、たった一本で、都会の森を作っていた。そして、その枝と葉の間に、鳥たちが営巣して、けたたましく、さえずったりもするようになった。

彼の存在を知ってから、なんとか半年を過ぎた頃、彼の幹に赤いテープが巻かれていた。そして、夏が過ぎて、秋を迎えようとしたある朝、彼がいた場所には、きな丸椅子のように切り倒された断面だけが残り、その切り口は、綺麗にグラインディングが、なされていた。始めからそこには、何もなかったかのように。

それを見た私のなかで、風が吹いた。もうそこは、終わった場所だった。私は、なんの衒いもなく、そこを離れることを、決意していた。)続・・

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